











|

北海道岩内町の魚屋の情報が登録されていません。

秋の野の花 秋の野の花 北では急速に気温が下がり、野の花もすっかり秋の装いになりました。 明日から5日間ほど、北アルプス常念山系を歩いてくるため留守にしますので、時期を失しないように撮り貯めた画像の蔵出しです。 ススキ〜珍しくもありませんが、穂が出揃い逆光に白く輝いていました 荒れ地や野原などですくすく育つことからススキと名付けられました。大きな株となって群生します。 ススキは、昔から日本人の生活と深い関係があり、オバナと呼ばれて秋の七草の一つになっていたり、かり取って屋根をふいたことからカヤと呼ばれたり、また、炭俵の材料にしたり、家畜の餌や敷きわらに使われたりしていました。 エゾゴマナ〜秋の北の大地を彩る代表種です 道内至る所の山野、沢地に生え、夏に高さ1〜1.5mにもなる多年草です。葉には短い柄があり、互生していて、葉や茎には短い毛が生えています。花は白色で、初秋の頃、枝先に群がって付きます。 「蝦夷胡麻菜」で、北海道に生育し、ゴマに似た葉を付ける植物と言う意味です。 「菜」とついているのは食
オオイタドリ オオイタドリ 北海道の原野は、笹に覆われている所が多いのですが、ササが繁っていない所で幅を利かせているのがオオイタドリであります 2つの花のタイプ〜花穂が上向きのもの(上)と垂れ下がったもの 少し拡大してみると 雄花(上)と雌花です こんなタイプも〜花軸が紅色のもの 後志の野山は、大抵の所がチシマザサ(ネマガリダケ)やクマイザサで覆われていますが、ササが生えていない所ではイタドリが生えています。 普通に見られるイタドリは、オオイタドリと呼ばれるものですが、局所的にイタドリが生育している場所があります。また、本種とイタドリとの中間雑種も見られるようです。 若芽の頃は食することが出来、かなり酸っぱい味がします。昔は、子ども達のおやつ代わりでした。 外見は見分けがつきにくいのですが、葉の裏が淡緑色で、芽だしの頃、茎の成長の割に葉の成長が遅いのがイタドリ、葉の裏が粉白色で、芽だしの頃から葉が大きいのが本種です。 痛み取りの薬効があることからイタド
田んぼの雑草 ミズアオイとコナギ 田んぼの雑草 ミズアオイとコナギ ミズアオイとコナギ、共に田んぼの中で、魅惑的な青い花を付ける2種です ミズアオイ 水田や沼の中に生える植物で、「水葵」の意味です。葉が葵の葉に似ていて、水の中に生えると言うことからの命名です。 葉は、根から出るものは柄が長く、茎上のものは短くなっています。柄は多汁で、基部は鞘になっています。 夏から秋にかけて、茎の先に葉よりも高い円錐花序を出して花を付けます。花は1日花で、径2〜3〓、花被片は6枚あって、内花被は幅が広く、6本ある雄しべのうち、1本が長くて花糸に突起があり葯は紫色、他は黄色です。 果期になると茎は上部がくの字型に折れ曲がり果穂を水中に潜らせます。 全体小型で、花序が花より低い位置にあるコナギと良く似ています。 コナギ 小形のナギ(ミズアオイの古名)と言う意味で、ミズアオイに良く似ていて小型ということからの命名です。 全体無毛の一年草で、ミズアオイに似ていますが、全体小型、花序が葉よりも低い位置にあることで見分けられます。
田んぼの雑草 田んぼの雑草 実りの秋を控えて、田んぼのイネは黄色く色づき初め、稲穂も垂れてきました。それは、田んぼの中に雑草が生い茂る候でもあります 農家の人にとっては厄介者ですが、中にはユニークなもの、綺麗なものなど、なかなか楽しめる存在でもあるのです オモダカ(葉の幅の狭いタイプ) 雄花(中央の右手:大きめの3つ)、雌花(中央左手:小さめの3つ)、果実(右下の緑の球体) このように葉の幅の狭いタイプは同じ様な所に生えるアギナシにそっくりですが、地中にほふく枝を出すこと、葉柄基部の内側に多数の小球茎(3〜5〓)をつくらないこと、葉は幅広く、3裂片共先端が鋭頭であることなどで見分けます。 オモダカ(葉の幅の広いタイプ) 「面高」で、人面状の葉身が高く葉柄上にあることに由来した名前です。 水田や浅い池沼に生育する多年草です。花は数段になって輪生し、下段は雌花で、上段は雄花となっています。 葉は矢じり形で長さ7〜25〓、幅は変異が大きく、広葉型からアギナシのような細葉型まであります。
コウリンタンポポ コウリンタンポポ 別に珍しい植物ではありません。北・中部ヨーロッパ原産の帰化植物です。このような派手な花は、大抵が観賞用に導入され、それが逸出して野生化したものなのです。 コウリンタンポポ 別名はエフデギク、エフデタンポポ。タンポポの名が冠されていますが、タンポポ属ではなく、ヤナギタンポポ属 これが、ニセコ山系の縦走路に生えているのですから参ってしまいます 北海道、本州(岩手・宮城・福島・栃木・長野・滋賀・鳥取)、四国(愛媛)に分布していると言うのですが・・・・、皆さんの所では見られますか? 〔撮影:北海道岩内町島野原野 2008.6.10〕
ミズナラに出来た虫こぶ〓 ミズナラに出来た虫こぶ〓 岩内町の島野原野で見つけた「ミズナラにできた虫こぶ」第二弾です。 今回は3種ご紹介致します。 ナラハグキフクレフシ ナラハグキコブタマバチによって、カシワやミズナラの葉柄やときに主脈の基部近くに形成される虫えいで、コブ状に肥大する。虫えいは木質で紡錘状不整形、通常は表裏両面に肥大するが、葉柄に形成されるものは裏側へやや大きく膨らむ。なかでもカシワに形成されるものが大形で、直径15mmに達する。若芽は銀白から灰白色の微毛に被われているが、虫えいの表面は赤色をおびたやや長い軟毛を密生する。葉の展開が最大になる頃には、赤色をおびた軟毛が淡緑色に変色する。 [生態] 寄主植物によって虫えいの発育に差があるが、カシワでは5月初旬に芽の伸長にともなって、虫えい化がはじまる。虫えいの中で蛹化して、成虫が羽化するのは6月中旬から7月にかけてで、成虫の脱出孔は、中央の凹みに向かって開けられる。 ナラハタイコタマフシ ナラハタイコタマバチによって、ミズナラなどの若葉に形成される虫えいで、葉脈の肥大した部
ミズナラに出来た虫こぶ ミズナラに出来た虫こぶ 春香山登山の最中に、ミズナラに出来た虫こぶ「ナラメリンゴフシ」を見つけました。 翌日、岩内町の島野原野でやはりミズナラにできた虫こぶを3種ほど見つけました。更に詳しく調べてみますと、何と7種も8種もあったのです。 あまりにも種類が多いので、2回に分けて紹介致します。 ミズナラに出来た虫こぶ4種? 〓:ナラメムレトガリタマフシ 〓:ナラハタイコタマフシ 〓:ナラハグキフクレフシ 〓:不明(ナラメウロコタマフシ?) 〔撮影:北海道岩内町島野原野 2008.6.11〕 ナラメリンゴフシ これは以前紹介したもので、昨年の虫こぶ。 ナラメリンゴタマバチによって、カシワやミズナラの枝先の芽が大きく球形に膨らんでできた虫えいで、大きなものは直径が数センチになる。表面は多少の凸凹があるが、平滑で淡緑色ないし黄白色で、日にあたった部分は赤色をおびる。芽がのびて新緑の季節をむかえるころに、りんごのように赤く色づいた虫えいを枝先に見ることができる。 一年枝の越冬芽(頂芽または
しらかば温泉湯の謎 苫小牧遠征の稽古後に、再びしらかば温泉湯に行きました。 檜風呂が良いんですよ。 すっかり、お気に入りなんです! 一昨年にオープンしたばかりなので、施設は新しくてきれいです。 稽古後に行くと、食堂は終わっちゃってるのが、ちょっと残念ですが。 ところで、ここには自動販売機で牛乳が売られているのですが、 牛乳と飲むヨーグルトは明治乳業で、コーヒー牛乳とフルーツ牛乳は北海道岩内町の倉島乳業なんです。 異なるメーカーの牛乳が同じ自販で売られています。 倉島乳業にも白い牛乳はあると思うのですが、何で明治乳業なんでしょうかねぇ? ま、仕方が無いので、倉島乳業のフルーツ牛乳を飲みました。 フルーツの甘味が良く出ていて、美味いですね。 こうなると、倉島乳業の瓶の白い牛乳も飲みたくなってきました。
雷電海岸弁慶岬 義経・弁慶伝説の地「雷電海岸弁慶岬」 歴史上では、源義経は文治5年(1189) 4月藤原泰衡の急襲を受け、衣川館で果てたとされています。 が、生涯を通して報われることの少ない悲劇の若武者への熱い思いは、 "義経は、ひそかに平泉を出て北へ向った"という伝説を今に伝えています。青森から船で津軽海峡を渡り、北海道各地に足跡を残しながら、ついには大陸にわたり、ジンギスカンとなったという壮大なロマンにまで発展しています。 雷電海岸にも、そんな義経・弁慶の伝説があり、雷電と言う地名、弁慶の刀崖岩、薪積み岩、不落の洞窟などが残っています。 雷電岬弁慶の刀崖岩〓〜雷電展望台より 雷電岬弁慶の刀崖岩〓〜旧道より 義経一行の中で力持ちの弁慶は、いつも頼り甲斐のある存在でした。 雷電まで来た一行がちょっとひとやすみした時のこと。 いつもは片時も離さない刀ですが、 弁慶は近くの岩をちょいとひねって刀を掛け。 いつしかこの岩を「刀掛岩」、 この岬を「刀掛岬」と呼ぶようになりました。 また、一行が雷電にしばらく滞在している間、 弁慶はしばしば磯釣りを楽しんだそ
芒 種 芒 種(5月21日) 本日5月21日は、二十四節気の一つ芒種です。芒種とは、「芒を持った植物の種をまく」頃だそうです。 水田の水鏡に写ったニセコ連峰 〔撮影:北海道岩内町 2008.6.3〕 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に因りますと、芒種とは、 二十四節気の1つ。6月6日ごろ。および、この日から夏至までの期間。 太陽黄経が75度のときで、芒(のぎ : イネ科植物の果実を包む穎(えい)すなわち稲でいう籾殻にあるとげのような突起)を持った植物の種をまく頃。五月節。暦便覧には「芒(のぎ)ある穀類、稼種する時なり」と記されている。実際には、現在の種まきはこれよりも早い。 ちなみに黄河文明における主食はアワであり、二十四節気が作られた当時の中国黄河中・下流域では夏にアワを植えて冬にコムギを植える輪作が行われていたようである(『呂氏春秋』任地篇)。 西日本では梅雨入りのころとなる。 となってます。 で、画像は、芒繋がりで、早苗が植えられた水田が水鏡となり、ニセコ連峰を写し込んでいる様子であります。
|
|
|